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2020.12
Fukushima Meets Miyagi Folklore Project#4『ペスト』
日程 2020年12月12日(土)〜2020年12月13日(日) 会場 能-BOX 出演
野々下孝 渡邉悠生 宮本一輝 菅原亮 田浦鈴音 佐藤隆太
『ペスト〜我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない〜』
原作 アルベール・カミュ作「ペスト」
テキスト 大信ペリカン 野々下孝
構成・演出 野々下孝
照明 麿由佳里
音響 山口裕次
宣伝美術 前田成貴
制作 宮本一輝
【劇評】鈴鴨久善
この作品は、9月にTRIAL上演を行い、3箇月を経ての本公演である。
基本的な構成に、大きな変化はないものの、いくつかの場面に変更が加えられている。
一番大きい改変は、「神は生温い方ではない」と神の試練を強調した神父の役が削られたことだ。神父は、最前線で治療をしている医師と対になる人物で、神への信仰でペストが終息すると説く。一方で、医師は、神を信じることを拒否して、人間の力で、最善を尽くすことでの終息を目指すのである。
神父という対旋律がなくなることで、医師は、自分の中に、神父的な思考も内包することになる。持論を展開する言葉は、ほとんど変わらないにもかかわらず、前後の言動により、内面的な深みや絶望を感じさせるものになっている。そして、ペストについて「際限なく続く敗北」と語るに至るのである。
もう一人、役割が大きくなった人物がいる。それは福島で除染作業を行う男である。
TRIAL上演同様、「いきり勃ったスコップ」「しっとりと濡れた粘土層」「裂けた傷跡のような割れ目」と、性的な言葉で「放射能に汚染された地面」を表現するのだが、そこに恋人との「あんぽ柿」の思い出が付け加えられたことで、この男が東日本大震災やその後の原発事故で、恋人を失った、というサイドストーリーが感じられるの。
この男の役割は、重要である。カミュの「ペスト」がいつの時代か、はっきりしないのに対し、除染作業という明確な現在進行の時間軸を背負っており、冒頭で事故に巻き込まれる若者(漁師)が、「いま、ここ」を担っているとすれば、この男は、「いま、あそこ」を担うことになるのである。
この男の登場により、観客は自分と福島の原子力発電所事故との距離を感じざるを得なくなる。そして、その男の口から新型コロナウイルス感染症の感染拡大の経過が語られることで、「ペスト」は「コロナ」であり、「放射能」でもあることを観客に突き付けるのである。
これは、同時に宮城と福島という、県境を超えた二つの演劇集団が一緒になって、一つの作品を創造する意義につながっている。
前回も書いたことだが、そもそも、仙台シアターラボと福島のシア・トリエという表現手法が大きく異なる演劇集団が合同で作品を造るということは、大きな実験である。それをFukushima Meets Miyagi Folklore Projectは、4回も継続してきた。
会場も、初回「SAKURA NO SONO」は中本誠司現代美術館(仙台)、2回目の「みちわたる」は正眼寺(福島)、3回目「BABEL」は秋保の杜 佐々木美術館(仙台)と劇場ではない空間で、演劇が演劇以外の何か(例えば美術作品)と出会うように仕掛けてきた。そんな場を共有する試みは、4回目にして能−BOXという能舞台に至り、本公演もそれを引き継いでいる。
能の代表的な形式に「夢幻能」というものがあるが、構成演劇のイメージを優先させた場面の連なりは、それに近いような気がする。生きている者、死んでいる者、この世とあの世、この場所とあの場所という時空を超越する演劇世界の構築に能舞台は、とても適している。
「我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない」という作品のサブタイトルであり、作品中で台詞としても語られる一文は、TRIAL上演では、医師が発していたが、本公演では、旅行者として「ペスト」に巻き込まれた若い漁師の台詞となっている。
このように、TRIAL上演では、医師に集中していた役割が、本公演では、それぞれの登場人物に分散されている。分散された結果、医師が中心となっていた展開が変わり、群像劇の要素が強くなったように思う。
「ペスト」を描いた小説の舞台化ではあるが、今、上演する場合、「新型コロナウイルス感染症」のことに思えてしまうことは、間違いない。
「スペイン風邪」「新型インフルエンザ」「鳥インフルエンザ」といった感染症だけではなく、「東日本大地震」「原発事故」「津波」と、人類は、様々な災禍を経験してきている。
この作品は、それらの災禍と私たちそれぞれが、如何に距離を保って、生き残ることができるのか?という極めて現実的な問題を突き詰めているのだと思う。
ラストシーンで、医師と除染を行う男とは、それぞれ別の場所を目指す。それは、Fukushima Meets Miyagi Folklore Projectに集った、それぞれの劇団が、この創作を終えて、自分たちの場所に戻ってゆく姿と重なっている。