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2018.06
Fukushima Meets Miyagi Folklore Project #1『SAKURA NO SONO』
日程 2018年6月9日(土)~ 2018年6月10日(日) 会場 中本誠司現代美術館 出演
野々下孝 渡邉悠生 佐藤隆太 永澤真美 瀧原弘子(三角フラスコ) 渋谷裕子 宮本一輝 臺野響(砂岡事務所)
原作 アントン・チェーホフ作「桜の園」
テキスト 大信ペリカン(シア・トリエ)
構成・演出 野々下孝(仙台シアターラボ)
照明 麿由佳里(シア・トリエ)
宣伝美術 三月文庫
制作 小出侑佳 香田志麻
【劇評】佐々木久善
「汽水域」とは、淡水と海水が混在した水域のことを言い、一般的には、川が海に淡水を注ぎ込んでいる河口のような場所のことである。海水と淡水とは容易には混じり合わないため、そこでは、塩分濃度の異なる水が層を成していることが多い。また、生物も塩分濃度の変化に耐えられる独特の生態を持つものだけが生活しており、一説では生物進化の過程で、重要な役割を担ったと言われている。
「桜の園」はアントン・チェーホフの最後の戯曲である。それを原作にシア・トリエ(福島)の大信ペリカンがテキストを書き、仙台シアターラボの野々下孝が構成・演出した作品が「SAKURA NO SONO」である。会場は、中本誠司現代美術館の東館。美術作品の展示を目的とした建物なので、逆L字型に細長く、会場の端では、反対側の端が見えないという構造になっている。ただし、会場の外に中庭があり、そこを通して、反対側の窓の向こうに微かに見ることができるとも言える。
今回の作品制作では、仙台シアターラボとシア・トリエが合同で作品を創るということ以外に、もう一つ大きな実験を行っている。それは、出演者のオーディションを行ったことだ。その結果として、三角フラスコの瀧原弘子、シアターラボの元団員・永澤真美、ダンサーの渋谷裕子らが参加することになり、単純な2劇団合同公演を超えた複雑なコラボレーションになったと思われる。
作品は、「桜の園」の世界とは、ほど遠いアパートの一室から始まる。瀧原弘子が演じる一人の女性が、そこで暮らしているらしい。ここで特筆すべきは、瀧原がシアターラボ的な演技ではなく、彼女自身の得意とする自然な演技を貫いていることだ。これは、永澤真美や渋谷裕子やシア・トリエの佐藤隆太も同様で、演技の様式を統一せずに、それぞれの持ち味を残した演技を舞台上に混在させている。その一方で、野々下孝を中心としたコロスのシアターラボ的な演技が空間を満たす。
これは、多様式の混在という極めて大胆な実験だ。これまでの仙台シアターラボが、演技の様式を統一することで作品を創ってきたのに対して、この作品は対極の美を追究している。仙台シアターラボとシア・トリエが一つのものになることはないと思っていたが、それが、これほど大胆に裏切られるとは、逆に清々しい思いである。しかし、最初から様式を統一するという発想がなかったのではないだろう。作品の創作過程で、それぞれの個性を活かす方向を模索した結果が、この様式の混在という表現に辿り着いたということなのだろう。その試行錯誤の痕跡が、野々下を中心としたシアターラボのメンバーの演技に残っている気がする。
また、舞台として選んだ中本誠司現代美術館の東館は、常識的に考えれば、演劇を上演するような空間ではない。壁面に飾られた美術作品を鑑賞者が移動しながら味わう構造だ。それを端から端まで客席を設けることで、芝居全体が見える場所とその一部が見えない場所とが発生し、同じ芝居を観た場合でも、印象が大きく違うことになる。また、室内と中庭とを大胆に行き来することで、劇場は、世界へ無限に広がって行くような印象を感じさせるものとなった。
いつもは一線が引かれ、分け隔てられているものの、境界を消し去り、越境する瞬間、それがこの作品のダイナミズムではないだろうか。
そこで「気水域」である。そこは、淡水と海水が混在するという特殊な環境であり、特殊な進化を遂げた生物だけが生息している。
私は「SAKURA NO SONO」を観ながら、「汽水域」のことを思った。「福島と宮城は出会えているのか?」という演劇人・野々下孝の問いは、出会いの様々な形態を模索する作品を創り出したと言える。ロシアと日本、福島と宮城、大信ペリカンと野々下孝…淡水と海水のように混在し、一部は層を成し、また一部は混じり合い、そこに棲む生物は、その環境ゆえに進化した。
その一方で、せっかく、これだけ特殊な会場で作品を創るのなら、もっと大胆な実験に挑んでも良かったのではないかと思うところもある。
例えば、見えない場所が発生してしまう構造を、逆に活用して、舞台の両端で、別々の物語が進行したり、シーンの順番が逆になったりするような、大胆な遊びがあっても良かったのではないだろうか。
Fukushima Meets Miyagi Folklore Projectは、来年1月に福島での新作発表を予定している。今回の実験の成果を踏まえて、より大胆な作品創りに挑んで欲しいと心から思う。