-
2023.10
仙台シアターラボ公演『人形』
日程 2023年9月30日(土)~2023年10月1日(日) 会場 せんだい演劇工房10-BOX box-1 出演
野々下孝 宮本一輝 丹野貴斗 戸田悠景 高野太地 高橋ナオミ のぐちひなの 石岡ちひろ 塚本翔太
「わたしが成長しなかったのはあなたのせい」
あなたはいつもやさしかった、
だから私はあなたの人形になった、
結婚前、父のお人形だったように。
そして子どもたちは私のお人形になった。
人形を扱う人間を扱う人間人形は、何に扱われているのか?
永遠に続く入れ子構造を描く構成演劇。
原作 テネシー・ウィリアムズ作「ガラスの動物園」 / ヘンリック・イプセン作「人形の家」
構成・演出 野々下孝
照明 山澤和幸
音響 本儀拓(キーウィサウンドワークス)
舞台監督 宮本一輝
宣伝美術 岸本昌也
映像 戸田悠景
撮影 渡邉悠生
受付 前田成貴 鈴木大典 大村もも香
主催・製作 仙台シアターラボ
助成 (公財)仙台市市民文化事業団 / (公財)宮城県文化振興財団
【劇評】鈴鴨久善
仙台シアターラボ(以下「シアラボ」と略する。)について、常々気になっていたことがある。それは「何故、戯曲をそのままで上演しないのか?」ということだ。シアラボの作品には、いつも「原作」がある。昨年の『溶け合う世界』はチェーホフの『かもめ』、今回の『人形』では、ヘンリック・イプセンの『人形の家』とテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』だが、それが「そのまま」ではなく、それにインスパイアされた妄想がいくつも現れ、元の世界と混在するのが、シアラボの常套手段である。
この「インスパイアされた妄想」というのが、妙にリアルで、原作の纏うフィクション性から離れて、私たちの身近なところを攻めてくる。今作では「リサイクルショップのショートストーリー」がいい例だが、『ガラスの動物園』のキャラクターであるトムの鬱積した感情が皮膚感覚で伝わるシーンだと思う。
こういう作風をシアラボは構成演劇と説明しているが、私は、それを「注釈」を付けることだと思っている。
作家を目指すトムが倉庫で働くことを肯定的に考えようとした刹那、それを打ち砕くエピソードって、こんな感じなのかなぁ、という注釈をして、演劇を構成しているのだ。
そう考えると、シアラボの芝居は、とても親切なのだと思う。この展開は、テレビの裏音声で、こんなことですよ、という解説がついているようなものだ。イアフォンガイドを借りて歌舞伎を観ているようなものかもしれない。
しかし、シアラボが裏音声やイアフォンガイドと決定的に違うのは、解説すること自体が表現であるということ。
通常であれば、戯曲を分析して、歴史的背景や飛ばされている事件、描かれた人間関係の解釈など、膨大なバックデータの収集の上で演じる芝居を、様々な注釈を付けて演劇にしているところが、シアラボなのだ。
ここで最初の問いに戻ると、シアラボの作品は、戯曲をそのまま上演するより、圧倒的に面白く、かつ、テーマが伝わってくるのだ。
今回、特にそんなことを考えたのは、おそらく、原作が二つあるからだろう。
『人形の家』は、1879年に北欧・ノルウェーの劇作家ヘンリック・イプセンによって書かれ、『ガラスの動物園』は、1944年にアメリカ合衆国の劇作家テネシー・ウィリアムズによって書かれている。時代も場所も異なる二つの戯曲に共通するのは、「家族の崩壊」を描いていることだろう。
現代であれば、家族の崩壊と多様性は社会に認知されているが、19世紀から20世紀にかけての欧米では、「家族が崩れる」ということは「世界がひっくり返る」ような事件であったに違いない。それこそ「地球が侵略される」ような事件だろう。侵略者のエピソードは、劇中で面白おかしい場面として描かれているが、侵略者は『ガラスの動物園』のトムと重ねられ、また『人形の家』のノラの出奔とも重ねられている。
一方でノラは、『ガラスの動物園』のローラとも一体となり、『人形の家』の夫ヘルメルは、『ガラスの動物園』の母アマンダと一体となって、家族の中の支配、被支配という役割の形骸が残されている。
一般的には女性の自立と言われてきたノラの出奔が、ローラに引き継がれることで、逆の意味を持ってしまう。結局、21世紀になっても、19世紀と何が変わったのだろう?という呟きが聞こえてくるようなラストシーンである。
そこに至る理由は何だろう?恐らく、思考停止を求める社会への警告ということだろう。二つの戯曲が書かれる間に、第一次世界大戦と第二次世界大戦があった。そして、今、ロシアとウクライナの戦争、イスラエルのガザ侵攻は第三次世界大戦に発展しかねない情勢になっている。人間が思考を停止し、人形のように意志を表明しなくなれば、世界は崩壊へと向かうのだ。
シアラボの作品は、圧倒的に面白く、かつ、テーマが明確だ。野々下孝を中心にしているが、宮本一輝や丹野貴人ら若い役者の成長が目覚ましく、集団としての創作力が高まっている。その魅力を最大限に楽しむために、観る側も社会に目を向けなければと思った。(2023年9月30日18:00の上演を拝見)